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ルーツ音楽をついばんで、のびのびと育つ。その軽やかなセンスに脱帽。

Pirates Canoe(以下、パイレーツ・カヌー)の噂を耳にし始めたのはいつごろのことだったろうか。記憶を辿ると、たぶん大阪・千日前アナザードリームで開催されている月例ブルーグラスナイトに、2010年の年末にメンバーのうちの何人かが出演し、そのパフォーマンスが良かったという風なことが最初だったと思う。しかも、噂話は「この道30年」のようなベテランのブルーグラッサーの口から発せられるもので、へえ、と少しばかり驚いたのだった。メンバーは若い女の子たちだというので、保護者的に応援されているのかな、などとうがった見方も少しばかりしていた。ところが、その後も噂は意外なところからも伝わってきて、ある時、耳の肥えたロックバーの店主がパイレーツ・カヌーの名前を口にし、絶賛したのだ。その頃から、ライブや音楽関係者の集まりで飲んでいたりすると、彼らの名前がボチボチ出るようになっていった。

当時、彼らはまだデビュー作もリリースしておらず、現在も主な活動拠点にしている京都を中心に、地道にライブ活動を続けているらしかった。そこでまずは試しにと、動画サイトにポツポツと出始めていた彼らのライブ映像を見てみたら、前述の〈保護者的に云々〉という思い込みは即座に撤回しなければならなくなった。今ではそれが何という曲だったのか判別できないが、ブルーグラスでもカントリーでもなく、枠にとらわれずにいながら、ルーツ色をしっかりと感じさせる演奏が、とにかく洒落ていたのだ。

確かな存在感を示したD.ブロムバーグ大阪公演のオープニングアクト。

パイレーツ・カヌーの名前を脳に刻んだものの、それでもなかなか生演奏に接する機会がないまま、今年の4月に34年ぶりの来日公演を行ったデビッド・ブロムバーグの大阪公演(主催:トムスキャビン/代表、麻田浩)で、彼らはオープニングアクトをつとめた。初めにそれを知った時、主役への期待はもちろんだが、さんざん噂話を聞かされてきただけに、パイレーツ・カヌーへの期待も大きかった。当日はメンバーのうち、フロントのギターボーカルのハント鈴加、マンドリンの河野沙羅、バイオリンの欅夏那子の3人が出演した。フルメンバーだと、先の3人にドブロの岩城一彦、ベースの谷口潤、ドラムの吉岡孝の男性陣が加わるという。彼らはその時々の状況やメンバーの都合で、編成を変えてライブをやるらしい。

最前列で見た3人組みのパイレーツ・カヌーのステージはなかなかのものだった。大物メインアクトの存在を背後に感じつつ(実際にブロムバーグ氏は温かなま なざしでステージ袖から彼女らの演奏にじっと聴き入っていた)、しかもほぼ満員の会場を、年季の入ったリスナーばかりで埋め尽くされたなかステージに出てくると、脱力系のMC(笑)も交え、さらりと4、5曲、まるで物怖じする風でなく聴かせた。アンコールで再び登壇すると、和やかな雰囲気の中、ブロムバーグ組と一緒に2曲ほど、ソロ回しも見事にキメてみせる。いや、良かった!おかげで終演後、ライブのほとぼりを冷ますべく仲間と飲みに行ったお店での話題が、主役のブロムバーグではなく、彼女たちのことばかりになる始末...。

聴けば、たちまち虜になりそうな見事な2作品。
1st「Pirates Canoe」、2nd「Pirates Canoe,Too」

パイレーツ・カヌーは2009年夏、ハント鈴加と河野沙羅で活動開始。その後、アイリッシュ、ジャム、ソウル、ロックなど、様々なフィールドで活躍するメンバーを迎え 最少2人、最大6人で京都を拠点に全国行脚。2011年に記念すべきファーストアルバム「Pirates Canoe」(5曲入り)を発売。そして、前作からちょうど1年ぶりというタイミングで、2012年6月に待望のセカンドアルバム「Pirates Canoe,Too」(やはり5曲入り)が発売されたばかり。

いま、2枚のアルバムを通しで聴きながらこれを書いているのだが、未聴の方のためにあらかじめ断っておくと、若手のブルーグラスバンドだろうと思って聴くと、期待はものの見事に裏切られるはずだ。だが、きっとそれは瞬時にうれしい誤算へと変わるだろう。全曲オリジナルでまとめられた楽曲のクオリティ、よく練られたアレンジ、卓越した演奏力はもちろんだが、何より隅々まで行き届いたアイデアとセンスの良さには舌を巻く。個々の経歴については充分に知り得ていないのだが、フロントの3人は主にブルーグラス、シンガーソングライター、クラシックをバックグラウンドに持つと聞く。それらを出し惜しみすることなく、彼らは極めて合理的に自分たちの音楽に生かしているように思える。それでいて、過去の誰彼の演奏を下敷きに作ったのか?と思わせるものは微塵も見あたらない。一例を紹介すると、1stアルバムのラストに収録された「En Ulas Ta」という不思議なタイトル曲がある。10分を越える複雑な構成を伴った曲なのだが、実験精神たっぷりに聴かせ、実に美しい仕上がりだ。セカンドアルバム「Pirates Canoe,Too」はファーストで垣間見せたそうした実験精神をさらに追求してみせたという印象で、徹頭徹尾、オリジナリティに貫かれた素晴らしい意欲作だ。これに似た音楽をいま、日本、そして世界中を探してみてもどこにも見あたるまい。まさに「パイレーツ・カヌーの音楽」なのだ。

現在、彼らは活動の本拠地ともいうべき、京都の老舗ライブハウス「拾得」での月例ライブ「ひょっこりパーティー」をはじめとして、ライブも2010年以降、年間約50本ほどをこなし、地元はもとより、名古屋や東京まで遠征していると聞く。麻田浩氏がプロデュースする「NEW FOLKS:女性シンガー特集」(横浜)にも先頃、出演したばかり。また、アコースティックデュオ、ゴンチチの ラジオ番組、NHK-FM「世界の快適音楽セレクション」にもゲスト出演するなど活躍の場は広がる一方のようだ。

マンドリンの河野沙羅に関してはこんなエピソードもある。「今まで教えた生徒の中では一番天然キャラやったね」とはマンドリンの師匠である宮崎勝之氏の談。「2年弱ほど僕のレッスンに通ってたかな。元々大谷大学のアメ民出身で、ズブの素人ではなかったし、非凡な才能を示してたけど、曲の組み立て、アドリブ、その入り方とか教えると、必ず自分なりに変えて弾いてくるところが、この子はちょっと違うなと思ったね。(中略)レッスンの教室が公共の交通機関もない、すごく辺鄙なところだったんだけど、夜道を徒歩30分かけて、たまに怖い目にも遭いながら、それでも通ってくる。とにかく根性のある子やったよ」。その頃でさえ、マンドリンなら誰、バンドはあの有名な...と、ありがちなプレイヤー の名前はまるで彼女の口からは出ず、興味の対象は時にはソウル・ミュージック だったりと、新旧、ジャンルに分け隔てなく、気になるものに触手を伸ばしていたそうだ。もちろんブルーグラスだって聴いてはいたのだろうけれど...。そんな垣根のない音楽への関心の持ち方が、なるほどあの音楽を生む基になっているのだろうと得心がいく。

幾年月を経ても魅力を保ち続ける、先達の残したルーツ音楽にも心惹かれるが、それをついばみつつ、軽やかに自分たちの音楽へと昇華させている若い才能が眩しい。

2012年7月
片山 明「小さな町の小さなライブハウスから」著者


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